遠い記憶の彼方
ん? 京都? せいしょうこう?
私が小学校の低学年の頃通っていた小学校・・京都の生祥小学校。(笑)
懐かしいな~~って、検索。
今は、学校は廃校になり、生徒の賑わいはありませんが、建物は残っているようです。
鉄筋コンクリート造り3階建て。竣工は、昭和15~16年(1940~1941)。
鉄筋コンクリート造り3階建て。竣工は、昭和15~16年(1940~1941)。
確か、左下の写真の真ん中あたりに、地下に入る階段があって、地下室にホルマリン漬けの○○があって・・・キャー!!
その生祥小学校に通っていた時、友達とふざけていて、机の角に頬をぶつけて、血がたら~~り!!
学校のすぐ近くに病院がありましたので、すぐ処置を。
2・3針縫ったのだったかしら?
そういえば、病院はまだあるのでしょうか?
ありました~~(^^♪ 「革島医院」 木造3階建ての住宅兼病院。
国の登録有形文化財に登録されていました!!
・・・とここまで書いて、思い出しました!
以前にもブログに書いた記憶が・・・(笑)
まぁっ! いいっか!
覚書として残しておきましょ!
不思議なことに、小学校の頃の出来事、もう何十年も経っていますのに、生々と思い出すことが出来ます。
他にも、おばけの話をして、子どもたちが怖がって逃げ回るのを、面白がって追っかけまわす先生がいらしたり・・・(ノ∀`*)ペチ
京都へ引っ越して間もない頃、碁盤目になった京都の通りをひとつ間違えて、とんでもなく遠くまで行ってしまい、泣きながら歩いていたこと。(意地悪な男の子にからかわれた~~!)
親切なおばさんが、市電に乗せて帰してくれました(笑)